大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)89号 判決 1955年6月07日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡井藤志郎の上告理由第二点(および補充上告理由第一点)について。

論旨は、要するに原審が本件解約申入を認容したのは、借家法一条、一条の二の解釈を誤つたものであるというのであつて、その理由としては、(一)借家法一条はもつぱら借家権侵奪目的の家屋買受人のみに備えるための規定であり、したがつて家屋の賃借人は、かかる借家権侵奪目的を有する家屋買受人に対しては、同条を根拠として従来の賃借権を対抗し得る。(二)借家法一条の二の「賃貸人」中には、借家権侵奪目的の買受人を含まない。(三)賃貸中の家屋を第三者が買受けた場合、新所有者が解約できるのは、所有権取得後、事情の変動により新所有者が自ら使用する必要を生じた場合に限ると主張する。しかしながら、借家法一条は、建物賃借人の地位の安定を図る目的で、賃借権が元来単なる債権関係であるため賃貸借契約の当事者間にのみ効力を有するにすぎないのを、法律の規定によつてその効力を拡張し、その権利の目的物たる建物につき物権を取得した第三者に対しても効力を生ぜしめたものである。それ故、賃貸中の建物を買受けて所有権を新たに取得した第三者は、借家法一条の規定があることによつて初めて法律上当然に従来の賃貸借関係を承継して賃貸人となるのであるから、同条は賃貸中の建物を買受けてその所有権を取得した者である以上、自己使用の目的を有したと否とを問わず、すべての建物の新所有者に適用ある規定であつて、所論のように借家権侵奪目的の家屋買受人のみに備えるための規定ではない。そしてまた、借家法一条の二は、正当の事由ある場合に限り建物の賃貸人が解約権を有することを規定しているのであるから、同条により解約権を行使するには、建物の賃貸人たることと、正当事由の存することとの二要件が備われば足りるのである。そして、賃貸中の建物を自己使用の目的で買受けて所有権を取得した者であつても、借家法一条によつて賃貸人となることには変りはないのであるから、同法一条の二の「賃貸人」中には、かかる者をも含むものと解すべきである。ただ問題となるのは、右のような賃貸人には、如何なる場合に解約申入の正当事由が存するかであるが、かかる場合における正当事由の存否は、旧賃貸人の下において従前に発生した事由に限局するとか、或は新賃貸人の下において新たに発生した自己使用の必要事情のみとかに、形式的に制限すべきではなく、賃貸借承継の前後を問わず、あらゆる事情を参酌して、結局において賃借人側の居住の安定と、賃貸人となつた者の側の自己使用の必要との双方の利害を実質的に比較考量した上、解約を正当と認むべき事由が存するかどうかを判断しなければならないのである。そして原審認定の事実関係の下においては、本件解約申入に正当事由があるとした原判決は十分首肯するに足りるから、論旨は理由がない。

同第五点(補充上告理由)及び第四点(上告理由)について。

論旨は、本件解約が公序良俗に反し民法九〇条により無効であるばかりでなく、憲法二五条等にも違反すると主張する。しかし、原審認定の事実関係の下においては、本件解約申入が公序良俗に反するものとは認められない。そして違憲の主張は、原審に法令解釈の誤りのあることを前提とするものであるところ、かかる前提を欠くことは、前論点に対する判断において説明したとおりであるから、論旨は採用できない。

なお、論旨第一点は、原審が上告人の主張を明確にせず、かつ判断を遺脱したことを前提として違憲を主張するけれども、その実質は単なる訴訟法違背の主張ないし借家法に関する原審の解釈を非難するに違憲の語を用いるにすぎず単なる法令違反の主張を出でないのであり、その他の論旨も亦、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例